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人工股関節という選択

更新日:9月11日



はじめに


 人工股関節と人工膝関節。聞いたことが方が、多いと思います。名前の通り、古くなった関節に対し、人工関節を入れ、関節の機能を再獲得できる術式になります。知らなかった方も、今回の内容を一つ知識として持って頂けたら、自分自身や、周りの人が、必要になったとき、助けになるかも知れません。特に、現在、変形性股関節症で痛みがあり、手術しようか、迷っている方は、決める判断材料として、参考にして頂けたらと思います。人工股関節置換術の術前後において、リハビリ目線で、述べていきます。



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人工股関節とは?


 人工股関節には、人工股関節置換術(THA:Total hip Arthroplasty)という手術があります。BHA(Bipolar hip arthroplasty)という、大腿骨側の骨頭のみを入れ替える手術もあります。膝では、人工膝関節置換術は、TKA(total knee Arthroplasty)という名称です。名前の通り、関節を人工関節に置換するという、手術になります。人工関節を入れると聞くと、大がかなり手術のイメージがありますが、現在は、技術が進歩して、手術の影響が少なく、術後すぐに歩けるような術式となっています。この手術の影響を、術侵襲と呼びますが、これも手術の種類によって、異なってきます。手術を迷われている方は、この手術の種類や、影響を知った上で、考えて頂けたらと思います。


図1:人工股関節置換術(THA)
図1:人工股関節置換術(THA)


前回のブログ『股関節の痛み』で、述べたように、股関節は、大腿骨の先の骨頭と、その受け皿となる臼蓋から成り立っています。人工股関節は、その痛みの原因となっている、骨頭と臼蓋のぶつかり合いに対して、金属に置き換える手術になります。




人工股関節置換術のメリット・デメリット



 この人工股関節置換術ですが、股関節内へどの方向から、人工骨頭を入れるかにより、術式が異なります。以前は、この術式が多く、脱臼をしやすい関節の角度がありました。球体に、受け皿としてカップが設置してあるため、深く曲げた角度から、力が加わると、球体が外れてしまうという現象があります。脱臼をしないためにも、術後は、脱臼肢位を取らない動作練習が必須です。



図2:脱臼時のTHA画像
図2:脱臼時のTHA画像


現在は、より技術が進歩したことで、脱臼しづらい人工股関節が増えてきました。ですが、ここで注意しなくてはいけないところは、100%脱臼しない人工関節は、存在しないということです。深く曲げるような角度で、体重をかけると、カップから骨頭が外れるということは起こりえます。術前のように、全ての動作が不自由なく可能というと、術後は、気をつけるべき点があります。




THAの主な術式


THAにはいくつかのアプローチ方法(切開の仕方)があり、それぞれに特徴があります。


■ 後方アプローチ(Posterior approach)

 最も一般的な術式で、殿筋の一部を切開して股関節に到達します。視野が広く手術がしやすい一方で、術後の脱臼リスクが比較的高いとされています。


■ 前方アプローチ(Direct Anterior approach: DAA)

 筋肉を切らずに筋肉の間からアプローチする方法です。脱臼リスクが低く、早期回復が期待できますが、技術的に難しく、対応できる施設が限られる場合もあります。


■ 側方アプローチ(Lateral approach)

 股関節の外側から進入する方法で、脱臼リスクは低いものの、中殿筋の回復に時間がかかる場合があります。


■ MIS(Minimally Invasive Surgery:最小侵襲手術)

 小さな切開で行う方法で、筋肉や軟部組織の侵襲を最小限に抑えることが可能です。ただし、患者の状態によって適応が制限される場合があります。



THAの歴史



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THAの歴史は長く、始まりは1890年まで遡ります。初めてドイツで、象牙を使用し、股関節を入れ換えるということから始まりました。そこから、股関節の受け皿、臼蓋をガラスに置換するという取り組みも行われました。現代からすると、考えられない素材を、股関節内に入れると感じてしまいます。お分かりの通り、このような素材では、関節にかかる大きな力を受け止めることはできません。そういった失敗を重ねるところから、THAの歴史は始まりました。この大腿骨側の骨頭と、受け皿となる臼蓋を入れ替えるという発想は、1900年にもうあったということは、驚きです。それから様々な素材を試し、大きな転機として、イギリスの医師、ジョン・チャンレー(John Charnley)氏が開発した、セメント人工股関節が原型となり、その後、素材の改良を重ねて、現在の丈夫な人工関節が実現しています。全ての改良過程は、長いため、割愛させて頂きますが、現在のTHAでは、スポーツなどの高負荷に耐えうる素材で構成され、30~40年の長期耐久年数が示されています。1)


また脱臼のリスクに対しては、デュアルモビリティカップ(DMC :dual mobility cup)という、二つの可動システムを持つカップにより、可動性を増やし脱臼を防ぐインプラントが用いられています。


図3:initia dual mobility system (Kyocera社)
図3:initia dual mobility system (Kyocera社)


 細かいインプラントの種類まで、話が至ってしまいましたが、知識として持っておくと、手術を行うかどうかの、判断材料になるかも知れません。



 人工股関節といっても、いくつの方法があり、それにより、良い点、悪い点があります。この術式の選択は、主治医と執刀医に委ねられるますが、術後は、本人の意識や、リハビリの仕方により、方向性が変わっていきます。術前から、股関節の働きや、これらの術式や知識を、押さえることで、より良い生活を送ることが可能です。



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 とは言っても、この手術に踏み込むかどうか、は皆さん非常に悩まれることが多いです。これは、その方の生活の時期や、痛みの状態など、決める要素がたくさんあるからです。次は、この手術に踏み切るまで、または手術を行なわないと決める上での、様々な要素や条件に関して、お話しします。





手術を決める要素

 

1. 手術を考えるきっかけになる症状

 

 手術という選択肢が出てくる方は、「痛み」を主訴としてお持ちの方が、多いのではないしょうか。


  • 「歩くたびに股関節がズキズキ痛む」

  • 「夜寝ていても痛みで目が覚める」

  • 「靴下を履くのがつらい」

  • 「杖をついても数分歩くのが限界」

  • 「他の関節も痛み始めている」


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 多くは、ブログ『股関節の痛み』で述べた、変形性股関節症に当てはまる方です。様々な動作で痛みが生じ、生活のしづらさが出てくると、今後のことを考え始める時期かと思います。この支障は、痛みだけではなく、股関節の可動域にも影響を及ぼします。股関節内が狭くなる“狭窄”という現象が起こり、上手く曲げ伸ばしができなくなります。服や靴の脱ぎ着、トイレ時の立ち座り、しゃがんで物を取るといった、股関節を深く曲げる作業が一気に、しにくくなります。人によっては、股関節の偏りから、腰や、膝に痛みが出始める方もいます。


 QOL(生活の質)が、総じて下がってしまうことが、手術を選択肢として考える要因となります。またこの痛みの客観的な評価材料としては、レントゲンやCT、MRIと言った、画像診断にて、状況を診ることも大切な要素です。



2. 自身や周りの環境


  痛みという主訴から、次に、趣味や仕事などの個人的活動から、生活状況で、どうしても股関節を曲げる必要のある生活環境が、要素として挙げられます。どれも今後の将来的な展望を見据えることで、これは「時期」という要素に当てはまってきます。



  • 「仕事を続けなくてはいけない。」

  • 「いくつになっても趣味を楽しみたい。」

  • 「家に階段があり、使わないといけない。」

  • 「孫と一緒に遊びたい」


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  • 「夫が死別し、一人暮らしを続けなくてはいけない。」

  • 「子供が結婚し、家を出て、一人暮らしになった」

  • 「手術のリスクを考え、今の年齢で手術をした方がいいと勧められた。」

  • 「もう2年も我慢し、そろそれ我慢の限界」


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 環境や、自身のQOLの状態から、決めなくてはいけない時期が、皆さんあります。これら、「痛み」、個人活動や、生活環境からの「時期」が、手術を行うかどうかの要素として挙げられます。


次に、今回の題材は、人工股関節になりますが、痛みがあっても、手術をしないという選択肢を選ばれる方もいます。これは、特に、リハビリにより、上手く痛みと付き合うことが可能だからです。「痛み」、「時期」の要素の次に、「リハビリ」という要素を述べていきます。



3.リハビリという要素



 手術をしないという選択肢を、「保存療法」と呼びます。これは、手術をして人工股関節を入れ替えなくても、既存の関節を治すことで、痛みなく、または緩和することで、日常生活を継続することです。前回の股関節の痛みで述べたように、股関節内は、骨の外に、大小様々な筋肉が張り巡らされており、それぞれの筋肉正しく働くことで、本来のあるべき関節機能が保たれています。先ほど述べた、股関節の狭窄度合いにもよりますが、骨以外の筋肉のバランスを整える。そして、弱っている筋肉を強くし、動作を改善させていくことで、保存療法という、選択肢を実現していけます。詳しい、リハビリ過程は、股関節の痛みのリハビリ過程で、ご確認下さい。


 このリハビリという要素が加わるとどういったことが起こるでしょうか。


  • 「歩くときの痛みが減って、また長い距離が歩けるようになった。」

  • 「可動域が広がり、服がやり方を変えながらまた着られるようになった。」

  • 「リハビリを初めて、生活が楽になった。」

  • 「手術を行うのは、まだ先でいいかも。」


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 リハビリにより痛みが緩和され、生活しやすくなった。という点は、多いにあり、当然の結果です。最後の、「手術を行うのは、まだ先でいいかも。」は、新たな検討要素が生まれる瞬間です。これは、「時期」に当てはまり、手術を先延ばしにするということにもなります。


 ここで注意しなくてはいけないことは、リハビリにより痛みが緩和されたことによって、かつての問題ない股関節を取り戻すことは、必ずしもできないという事実です。股関節に違和感が出始める早期では、実現できるかもしれません。痛みが発生することは、関節内に何らかのストレスがかかり、変形を引き起こしているサインです。この変形とは、狭窄や、関節軟骨の摩耗、その他の柔らかい組織の変性にあたります。先延ばしにできたからといって、次はより高齢になってから、手術をしなくてはいけないという結果も伴います。少し、こわい言い方かもしれませんが、「痛み」と「時期」、これらの要素をしっかりと押さえてから、適切な意思決定を行うことが、とても大切なので、説明させて頂いております。


関節内の画像診断を含めた、「痛み」の状態。家族や、自身の活動や生活環境による「時期」。「リハビリ」による股関節やQ O Lの変化。この3つを念頭に、手術か保存療法か、意思決定を勧めてみてください。


※かかりつけ医との相談や、助言を基に。




リハビリは術前も大切!?



 次に、人工股関節置換術を行った後の、具体的なリハビリの流れをお伝えしたいところですが、リハビリは術前から既に始まっているということを押さえておいて下さい。

 

  • 「股関節が痛み始めてから、もう5年経つ。」

  • 「股関節を痛めてから、腰と膝も痛くなった。」

  • 「股関節を痛めてから、歩けず筋力がすっかり落ちてしまった。」

  • 「股関節を痛めてから、動くことが億劫になってしまった。」

 

これらの状態に当てはまる方は、特に術前のリハビリを大切にして下さい。股関節とは、上半身と下半身をつなげる大切な役割を持つ関節です。そのため、ここの機能が損なわれると、上下に当たる、腰や、膝にも悪影響を及ぼします。中には、せっかく手術を行ったのに、病前の動作の名残りがあり、上手く歩けない、腰膝がまだ痛むといった、勿体無い状態が続くこともあります。


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術後にリハビリを懸命にやればいいや。と思う方もいらっしゃると思います。確かに痛みが消失し、リハビリがよりしやすくなりますが、病前の症状がより修正しにくくなるという場合もあります。これは、「歩けずに、すっかり筋力が落ちてしまった」という症状をお持ちの方にも、当てはまりますが、手術をすることで、その影響により、筋力がまた更に落ちることもあり得るからです。近年の術式では、翌日から問題なく歩き始めていい。という早期リハビリが可能となっているため、術後の筋力低下は少なくなっていますが、高齢での手術になると、2次的なカラダへの影響もあり、早期ではなく、段階的なリハビリの進行が必要なケースも多いです。

 

術前から、股関節以外の関節機能をリハビリにより、改善することや、筋力を術前から備えてつけていくことが非常に大切です。手術したら全て解決!ということはなく、術前後、そして今から、予防という観点でも、カラダの改善を図ることが大切です。



股関節を一生守る予防法

 

 ここでは、少し話が脱線しますが、そもそも股関節を痛めないようにすることが何より大切なので、伝えておきます。前回の股関節の痛みでは、股関節の構造や機能から、各疾患に関しても述べさせて頂きました。この中に予防のヒントがあり、股関節のことを知ることで、股関節の機能を一生保てることにつながります。

 

股関節の痛みの原因。変形性股関節症ですが、原因として、1次性と2次性があります。遺伝的な原因、または先天的に股関節に異常をきたしていること。そして、何らかの原因で、股関節内に異常をきたしたこと。両者とも、予防策をとることは可能です。大切なことは、股関節の機能を自分自身で知ること。それは、正しいトレーニングや、動作を行うことにつながってきます。

 

股関節内の知識は、ブログにて。股関節の細かいエクササイズに関しては、当施設のインスタグラム内にてご確認下さい。



 


 




リハビリの大切なポイント

 

話を戻すと、術前のリハビリが大切と述べてから、次は、術後のリハビリポイントを述べていきます。

 

1.術侵襲を解消


股関節は、非常に自由度の高い関節のため、大小と様々な筋肉が股関節を守っています。初めに押さえておきたいところは、手術によるダメージ、“侵襲度合い”はどのくらいあるか。初めに述べた、術式ですが、それぞれ侵襲する部分と、影響を受ける筋肉から動きが存在し、それを確認してから、関節内の機能を再構築することが大切です。関節内の再構築と、難しい言葉を使いましたが、大切なことは、関節内の筋肉や組織のバランスを、正しい関節機能に取り戻すことです。ここは、理学療法士による、専門的な施術を受けるが必要で、この基礎的な部分が抜けると、せっかく手術を行ったところで、歩きや動作に手術のメリットが出てきづらいと言った状態になってしまいます。

 

具体的には、関節内のインナーマッスルの調節。術侵襲のある皮膚や筋肉に対して、働きを促すこと。そして、筋力強化という流れになります。


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2. 筋力強化


術後、立つ、歩くなど、重力に逆らって、カラダを支えなくてはいけないため、筋力強化は必須となります。ここでのポイントは、段階的に、負荷を上げていくこと。術後は特に、運動負荷を段階的に調整していくことが大切です。急に何もせずに歩きを始めると、大きな筋肉に頼りすぎて、痛みを引き起こしてしまう可能性があります。


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3.動作練習


筋力強化を段階的に図り、ある程度の筋力がついてきたら、次は、動作練習に移行します。これは、手術後に、病前の生活に戻すことに繋がりますし、今後のQOLを上げるためにも、必要不可欠です。ここでもポイントがあり、「病前の動作を修正すること」。特に、股関節に痛みのある方は、長年、誤った動作をとっており、それが習慣化されていることが多いです。新しい関節を手に入れたため、新しい動作も手に入れなくてはいけません。

 

・寝起き、寝返りの仕方

・座った姿勢

・立ち座り

・立った姿勢

・歩き方

・階段の登り降り

・床からの立ち上がり、床での動作

・脱臼肢位の回避


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 どれも日常生活で、必須の動作になります。痛みが解消したら、できると思いがちですが、新しい関節を手に入れた後は、必ず新しい動作方法の獲得が必要です。寝起きや、立ち上がり、歩きなど、1日の中で、何回行い、それが何年となると、計り知れません。術後のスタートから、それを誤ってしまうと、将来的な方向性は、大きく開きがあるため、必ず初めが肝心と思い、入念に動作確認しリハビリを行なって下さい。初めを入念に確認すると、今後はそれが、無意識にも習慣化し、不自由ない生活を送ることにつながります。

 



 

術後の人生



 手術という選択肢を選ぶ、選ばない、の時期から、実際に術前後のリハビリポイントを述べてきました。術後の人生と述べましたが、保存療法で、最後まで関節と上手くお付き合いする方もいます。それは、各人の要素を考慮した上での意思決定であり、その方の最善策であると思います。


 リハビリは、痛みや生活の苦しさを改善できる、画期的な手段となりますが、ご自身の生活を広げて見ると、より多くの期待ができる場合もあります。それは、手術をし、リハビリをした後に、何をしたいか。あくまでも、手術や、リハビリは手段であり、目的ではありません。当たり前のことですが、カラダの症状や、リハビリという言葉に集中しすぎると、本来の目的が見えなくなることがあります。手術を決める上で、考えるべき要素について、挙げましたが、根底には、この目的ということが根本にあると思います。


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何より大切なことは、リハビリ終えて、どのような生活を送りたいか。

そのために、誰と?何を目指すか?

ということを重きに、当施設では、リハビリを提供しています。

 

あなたは、今のカラダの悩みから、誰と?何を?目指していきますか。


【参考文献】

1) 後藤公志.人工関節置換術:進化の歴史と今後の展望. 近畿大医誌. 第49巻3・4号59~64.2024


 
 
 

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